昨日からお盆休みに突入。
15日まではのんびり過ごせそうである。暑いけど…。

※この先、濃いです←
前回の記事から少々黙しておったので
一過性のように思われがちな『組!』ネタ。

滅相もござらん(力)

記事を上げる暇もないくらい没頭しているのである。

現在、宅のタク部屋(←)は組がらみの資料に侵食されつつある状態で
小説・マンガの類から資料集まで幅広く手を染めている。
図書館にもかなりお世話になっている。

そして、いろいろと読み調べた結果
『「大河・新選組!」を愛してやまない』と言う結論に至った(爆)
私的幕末ブームのきっかけが三谷作品だったので当然かもしれないが。

『攘夷派』・『佐幕派』と言う見方だけでも組に関する見解は様々で
数あるフィクションは基本的に歳三さん目線のものが多い。
確かに「組」は歳三さんなくして成立しない。
でも、それって本末転倒のような気がするのだ。目的と手段が摩り替わっていると言うか。
局長あっての「組!」なのである。これは譲れないというか譲りたくない(爆)
また、中にはどうも私のイメージとは違う局長が存在していたりする。
(それは局長に限らず、他隊士についても言えることだけど)
申し訳ないけど、それも認められない(受け入れられない)
個々其々に面白いとは思うのだけど、
私の中で「三谷・組!(幕末)論」が完全にインプリンティングされているため
こればかりはもう、どうにもならないのだ。

と言うわけで、私の「組」愛は大河に深く根付いている。

―続く

次回はその愛の源「組!」の私的名場面について語るかも。